来 歴


にせものの神


彼は砂漠でマンドリンを抱えたまま
眠りこけていた
彼の妻はうまやにいて
明日のかいばを切るのに余念がなかつた
  (神話はたいていこんなところから始まる)
彼はひどく疲れていた
月が出てヨルダン河が金の帯に見えた
豪華な夢の中で一夜が明け彼は立ち上がる
彼の後に金色の光が一すじについてくる
彼はやがて家に帰り
旅人あいての利うすい家業にせい出した
あくる日酒をのめば家を出た
次の日彼の肩から金色の光背が消えた
  (そして神話だけがのこつている)
砂漠には大きな足あとが一すじ続いて
人々はあとからそれを踏みかためた
何億もの足が長い間かかつて歴史を作つた
ヨルダン河は幾たびも泥色の流域を変えた
今人々は立往生
もう神様は行つてしまつたと言い
口の中におびただしい砂をぎつしりとつめて
乾いた胃の腑をおさえながら別の神様を待つている
  (こうしてまた神様とは関係のない別の神話が作られる)

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